力の配分と成果
――演出を深められるというところに踏みこんでいけるなら、可能性は大きいですね。
鈴木 神山健治監督、岸誠二監督たち、フルCGを経験された方々は、その利点をつよく感じていると思います。
――TVシリーズとしての力の配分は、具体的にはどう考慮されましたか? たとえば潜水艦のブリッジなど密室のシーンが多いのは、CGによる舞台のためかなと。
鈴木 発令所や硫黄島ドック、7番ドックなど機械的な舞台で描くのが大変なところは当然CGで、背景のテクスチャを貼っています。特に潜水艦なので、外とのやりとりが減ったことにで、コンパクトに進めることができました。海の波なども大きくはCGですね。
松浦 シンプルな背景は、完全な手描きで済ませたシーンも多々ありました。
鈴木 最初は艦隊戦メインの作品だと思っていたのに、まさか人間同士のアクションシーンが来るとは思っていませんでした。「地上」は思っていたよりも多かったです。
松浦 艦船類同士が戦っているシーンは、意外に多くないんですよね(笑)。
鈴木 最終回も殴りあいだし(笑)。ただ物語に変化をつけて見せていくためには、海の話だけにはできないということでしょう。
――特にデメリットのようなことはなかったのでしょうか?
鈴木 最初にとまどったのは、CGベースの背景にしても作画の力を借りる部分が予想以上にあるということでした。
松浦 CGのレイアウトモデルには、ディテールがあまりないため、原図整理の段階で作画さんがディテールを加筆していかないと、背景さんが描けなくなってしまう。それは劇場版でも体験したことですが、TVシリーズではカット数が多くなるため、非常に体力を使ってしまうんです。
鈴木 苦労したのはそこですね。CGは全カットあがっているというのに、キャラにからむ背景が遅れたために先に進めなくなったり。
松浦 そして背景が決まらないとキャラの色も決まらないので、そのカット全体が納品できない。そんな状態がずっと続きます。
鈴木 まれに作画で描いたキャラや髪の毛だけ作画の場合もあると、そこだけ遅れたり。でもこれは慣れの問題ですから、最終回はだいぶスマートにつくれたと思います。
――エフェクトに関して、CGはどう活用されましたか?
松浦 ほぼ標準機能だけと言って良いかと。
鈴木 バリバリにエフェクトが入る作品ではありますが、特殊な処理はしていないです。劇場では Frost というツールを使いましたが、TVではそれもやめました。稲妻は単なるパーティクルで、ビームや爆発はオブジェクト。その方がアニメらしい表現に見えるからです。比較的誰でも使えるものを多用し、無理せずやっていこう。そんな雰囲気が全体的にありました。なので、派手に見えても意外に新しいことはしていません。カメラマップにしても「背景戻り」を待つことになるので、使わなかったくらいです。
松浦 カメラマップは贅沢になってしまったんです。フルCGでつくったほうが絶対に早い。なんだかグルッと一周した感じがします。
鈴木 『009』は立体視ですから、カメラマップを使わざるを得ませんでしたが、とても大変な作業になってしまったんです。『アルペジオ』では、あれだけのことをやっても、カメラマップなしで成立しています。
松浦 背景は2Dか3Dか、どちらかしかありません。やはり素材を行ったり来たりさせると「待ち」が生じる。そのムダを省くことが、TVシリーズを成立させるためには重要だと実感しました。
フルCGによるTVシリーズの手応え
――初のTVシリーズを終えての手応えはいかがでしょうか?
鈴木 もちろん大変でしたし、つらいのはつらかったですが、毎週評判がどんどん良くなっていきました。それがスタッフにとってもよりどころになり、テンションがどんどん上がったおかげで乗りきることができました。
松浦 劇場は公開するまでは反応がないですが、TVシリーズだとリアクションが早いです。それがTVシリーズと劇場の大きな違いですよね。
鈴木 監督が音頭をとって「みんなで観よう!」と、木曜の夜はほぼ全話、会議室でスタッフがそろって観ていました。ネットで「今回は神回だった!」というコメントを見ると、「よーし、次も神回にしてやるぜ!」とやる気が出るんですよ(笑)。週一回、心がなごむ瞬間でした。
松浦 ホントにみなさんの気持ちが支えになり、感謝しています。多少は外注さんにお願いしていますが、ほぼサンジゲン社内でつくりきった作品なので、高いテンションを保てたことは今後の支えになる大きな経験でした。特にスタッフがお互いの顔を見ながらつくれた経験は、とても大きな差になっていくと思っています。
鈴木 コマ切れの仕事にならず、前後のカットが気になれば、つながりがすぐ見える状態で進めていましたし、一体感は大きかったですね。
――どのようなスタッフ編成で進められたのでしょうか?
松浦 1班10~12人ぐらいの3班が、3カ月に1本のペースで各4話つくるという体制です。なのでどの班も序盤・中盤・終盤のエピソードをつくることになり、結果的にアニメーターが成長できます。最初はなかなかうまくいかないものですが、回を重ねるごとに次第に良くなる。だから後半になるにしたがい、クオリティは高くなったわけです。「作画崩壊」ならぬ「作画向上」ですね(笑)。
――他の班の仕事を見ることで、刺激を与えあったりもありましたか?
松浦 誰でもデータをチェックできる状態にしていたので、それはあったはずです。
鈴木 「エフェクトをいただいちゃう」なんてことも多々ありました。「この水しぶき良いなあ、ちょうだい!」みたいに(笑)。
松浦 まだエフェクトを自分でつくれない若いスタッフでも、他の話数から引っぱってきて使える。これはCGの大きなメリットですね。それがクオリティの全体的な底上げにもつながっています。「魚雷を発射して飛んでいき、爆発する」というような一連のセットも用意してあり、それを応用したカットも多いです。
――しかもアングルを変えたりできる。これは作画のBANKを超えるメリットですね。
鈴木 逆にCGだと、ワンオフのものはつくりにくいのがデメリットです。たとえばハルナの髪の毛を蒔絵が勝手にいじり、髪型が何度も変わるカットは、髪だけが手描き作画です。蒔絵が髪の毛をほどいて寝ている状態やハルナのネグリジェも作画ですが、全部を作画にしてしまうと顔が変わりかねないので、「絶対にCGを使ってくれ」と監督からは言われていました。
松浦 全体をスムーズに進ませるためなら、途中で作画キャラが出てきてもいいだろうぐらいに僕たちは思っていたのですが、岸監督は今回のプロジェクトをCGでやりぬくことに、かなりのこだわりを見せました。
鈴木 初期には「作画回を用意しよう」という話もあったくらいなんです(笑)。でも結局なくなりましたし、第5話の回想シーンは作画比率が多いですが、それでも作画回と呼べるほどではありません。
松浦 思い返すと「ずべてをCGでつくりあげる」という覚悟は重要でした。厳しい条件だからこそ、そこから新しいアイデアが生まれる。本来なら絶対避けるところをやりきったことが、良かったんですね。
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