2010年前後より、Tooは過渡期というべき時期にさしかかっていた。
要因の一つは、市場にMacが行き渡り、しばらく前のようなダイナミックな動きがなくなっていたことである。
また、1990年代に進めた分社化からは多くのメリットが生まれたが、一定期間を経て、伸び悩んだり、役割を終えたりする会社も出はじめていた。独立採算制を敷いたことで社内にコスト意識を根付かせることには成功したものの、グループとしての結束力は弱まっているようにも感じられた。
一方では、Tooのビジネスフィールドに2つの明らかな変化が訪れていた。“カスタマーの多様化”と、扱う商材の“モノからコトへ”のシフトである。変化に対応するためには、従来とは違う発想・やり方が求められた。そのための新たな体制づくりに着手すべき時期が来たのである。
2011(平成23)年、石井剛太がTooの4代目の代表取締役社長に就任した。「先の見えない時代だが、社員には挑戦し続けるマインドをもっていてもらいたい」、そんな思いをもって社内改革の先頭に立った。
数年前から経営に関わるようになっていた剛太社長がかねてより懸念していたのが、社内の情報交流の少なさと、部門間・社員間の風通しの悪さであった。なにもないところに新しいビジネスを作っていくには、コミュニケーションの活性化と透明性の確保が不可欠だと思われた。
そこで、組織改革に着手するとともに、コンサルタントなどの外部の専門家の声も取り入れた。「部門を縦断した交流・活動から新しいアイデアが生まれる」とのアドバイスもあり、多数のプロジェクトを立ち上げるとともに、ディスカッションの場としての部門ごとの合宿、社員に向けた広報の強化、グループ各社を横断するグループウェアの導入などを実施した。
グループ企業については、それぞれの活動状況を検証し、一部では分社化していた会社の再統合などを図った。2013(平成25)年にはデザイン材料や画材の流通を担う会社として『株式会社G-Too(ジートゥー)』をグループの卸販売機能を統合する形で設立した。
2012(平成24)年には、本社を虎ノ門に移転。風通しのよさをテーマに、パーテーションも密室もないオープンなオフィスをつくり上げるとともに、会社の受付を設けたフロアには、オープンスペース『The Gallery Too』を設置した。
また、全社一丸の意識を取り戻すために、期首に全社員が集合する“決起大会”を、その翌日には社員の家族を招待する“ファミリーデー”を実施した。
社員の再結集への意識は高まり、部門やグループ会社の垣根を越えたプロジェクトは、いくつもの業務改革や働く環境の改革、AIやVRにまつわる新規ビジネスの創出へと結びつき、現在も進行中だ。また、“成功商談”などの情報共有は、新たなビジネスを生むきっかけにもなった。
デジタルが当たり前の時代になると、それまではデザイナーなど限られた人々しか使わなかったMac、Illustrator、Photoshopなどの製品が、一般企業、それもクリエイティブ部門だけでなく、総務・営業・マーケティングといった部門でも使われるようになってきた。“カスタマーの多様化”である。
背景の一つは、価格と使い勝手でハード/ソフトが身近になってきたことである。もう一つ、各企業で内製化が進められるようになったことも大きい。リーフレットの制作、ホームページの改編などは社内で行いコスト削減に役立てること、ビジネスをスピードアップするために外注にかかる時間を短縮することが主な目的である。
この変化を受け、かつては新人デザイナーのトレーニングの場として活用されてきた教室の『Desi』にも、一般企業からの受講生が多数訪れるようになってきた。
2010(平成22)年ごろからは[Proof Checker PRO]をはじめとしたデジタル校正ツールが、保険・金融や食品メーカーなどの企業で活用されるようになっている。もとは印刷会社向けのものであったが、間違いが許されない約款や、パッケージの成分表示などの校正に最適だと評価されたのである。ここでも明白なカスタマーの多様化が起きている。
2012(平成24)年5月、サブスクリプション方式でサービスが提供される“Adobe Creative Cloud”が登場した。同時期には、Autodesk社などでも主力ソフトウェアのサブスクリプション化が進んだ。サブスクリプション化はビジネスにおける変革であり、従前は空白だった場所に新たな価値を生み出した。それに伴い、どのような付加価値を提供していくことができるかがこれまで以上に強く求められることとなった。
また、近年はとりわけ、サービス・サポート・提案・コンサルティングなどに力を入れており、働く環境の向上に役立つクラウドサービス提案、一般企業におけるデザイン経営のすすめ、デザイン事務所に向けた業務システムの導入提案など、クリエイティブの枠にとらわれない商品の販売・サービス提案にも取り組んでいる。
企業におけるデジタルトランスフォーメーションも本格化している。Tooにおいても社内のデジタルインフラ投資に加え、技術勉強会“tech surf”を定期的に開催して技術理解のボトムアップを図っている。AIビジネスにも本格的に力を入れ、自社開発を行うToo×AIプロジェクトを開始。企業内のワークフローで必要とされる自動化の開発案件を進めている。
社内に自由に使える場所ができたことで、ソフトウェアのユーザーを集めたセミナーや、顧客向けのイベントを頻繁に開催するようになった。実際にTooに足を運んでくれることで顧客との関係が深まることから、セミナーや相談会、ワークショップなどを積極的に企画するようになった。
新たな市場開拓としても大掛かりなイベントを開催。2015(平成27)年にはじまった『あにつく』は、アニメ制作のプロを目指すクリエイターやアニメファンのためのセミナー。また、『アニメータードラフト会議』など、制作企業とのコラボレーションにも力を入れている。2016(平成28)年からは、毎年、デザインの向こう側を考える総合セミナー『design surf seminar』を開催し、市場の声を聞く場を作っている。
オウンドメディアやSNSでの情報発信も積極的に行われている。トゥールズインターナショナルの『TD』、トゥールズ『cotora monora』、Tooグループ全体の活動を発信する『design surf online』などのオンラインメディアをはじめ、多くのSNS情報発信を行い、オンラインコミュニケーションを活性化している。
毎回数十万人の集客を誇る世界最大級のイベント『コミックマーケット(通称・コミケ)』にも出展し、コミック市場での存在感を増すとともに、2018(平成30)年から開催している『COPIC AWARD』には、世界70カ国を超える国のコピックユーザーから毎回数千点の応募があり、世界のコピックユーザーの作品に触れる機会を創出している。
デジタルの時代だからこそ、個々のお客様との結びつきがより求められる。そのニーズに応え、実際の体験や経験を通して、深い理解と共感を得られるよう活動を行っている。
ボーダーレスの時代、世界中のあらゆる現場でモノがつくられ、世界のあらゆる場所へと出荷されている。
自動車会社をはじめとした製造業においては、製造も物流も、かつてとは地図が塗り替わったかのような激変の時代がはじまっている。世界中で利用されている[インダストリアルクレイ]や[クレイモデリングフィルム]の流通にも、それに伴う最適化が必要だ。
一方、[コピック]はいまや世界50を超える国々に愛用者をもつが、その一人ひとりがどのような使い方をし、製品に対してどのような要望や期待をもっているかに耳を傾けることが、今後の製品開発や流通・販売の仕組みづくりにも大いに役に立つことだろう。その一環として、2019年からは、フランスで開催される日本文化の総合博覧会『Japan Expo』にもブースを出展している。
グローバル販売網の強化は、Tooにとって重要な課題の一つ。剛太社長がとりわけ強い思いをもって取り組んできたことでもあり、近年はTooオリジナル製品の流通・販売網の見直しを進めている。その一環として、2019(令和元)年、クレイとコピックの2製品の輸出・現地流通を主目的とした現地法人として、米国に『Too Corporation Americas』を、中国に『图酷商贸(上海)有限公司』を設立した。
デザインの概念が変わってきている。デザインは見た目の美しさをつくるだけでなく、人々の生活のすべてに関わるものになってきた。さらに企業経営に影響を及ぼしたり、社会問題の解決に役立てられたりと、いまやきわめて広い意味をもつ概念になっている。そうした変化に対応するために、デザイナーは意識や方法論を一新していくことも求められる。
昨今はあらゆる人がデザインやクリエイティブに関わる時代となっているが、デザインやクリエイティブの領域が広がれば広がるほど、Tooの役割も大きくなっていく。そうした変化を先取りし、つねに時代を前に進めるソリューションを提示していくことがTooの使命である。
2011(平成23)年から取り組んできた社内改革は、はじめから全社全員が積極的に取り組んだわけではない。しかし、なにかの手応えを感じるということを積み重ね、気づいてみれば、まるで違う会社になったかのような大きな変化が起こっていた。それは数字にも表れており、改革に着手して以来、近年は連続して増収・増益を記録し、新卒の採用も毎年10人以上となっている。さらなる伸びしろがあることを信じて、この改革はまだ続いていく。
これからも枠にとらわれず、more(もっと!)、beyond(さらに上へ!)の意識を忘れずに、つねに挑戦しつづけることから、Tooグループの明日は開かれていく。