2024年10月19日(土)に開催された「あにつく2024」より、「劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉 Blender活用事例と課題 ~ 実際に運用してみてどうだった?編 ~」のセッション内容を紹介します。
セッション概要
劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉 Blender活用事例と課題 ~ 実際に運用してみてどうだった?編 ~
2024年5月に公開された「ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉」の3DCGについてお話しします。Blenderを採用した劇場アニメ作品を経験し、3Dスタッフが感じたことをメインにメイキングとは一味違った視点からお話しさせていただきます。
【主催】株式会社Too
【特別協賛】オートデスク株式会社
【登壇者】株式会社CygamesPictures 中野 祥典 氏
株式会社CygamesPictures 神谷 宣幸 氏
阿達 里紗 氏
はじめに
今回のセミナーの題材、『劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』プロモーション映像はこちらです。
劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』予告【5月24日(金)公開】
https://www.youtube.com/watch?v=Mbq51ikrOg0
本作品でBlenderを使ってどのように作成していったのか、説明していきます。
セミナー概要
本日は「あにつく記念 秋」と題しまして、私たち登壇者の紹介と株式会社CygamesPictures(以下、サイピク)の紹介、サイピクがBlenderを導入した経緯、またBlenderで劇場版をどのように作っていったのかを軸に話をしていきます。
登壇者紹介
それでは、本日の登壇者である私たちの紹介から始めます。1人目は、今回進行を務める中野祥典です。3DCG部の部長を務めていて、3D監督作品としては、『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉(以下、新時代の扉)』や『勇気爆発バーンブレイバーン』など、サイピクで作っている作品の大半で監督を務めています。
経歴ですが、まずイグニス・イメージワークス株式会社で、主に遊技機を中心とした開発に携わっていました。その後、有限会社オレンジにてアニメ制作に関わっていました。その経験を活かし、サイピクにおけるCG部門の設立をお手伝いする機会をいただきました。現在に至るまで、一貫して制作の最初から最後までの工程に関わり、「何でも屋」として幅広い業務を担当しています。
2人目が、本作品で監督補佐を務めた神谷宣幸です。サイピクには2023年、『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』の制作をきっかけに合流しました。その中で、新時代の扉ではライブ周りのディレクションを担当し、レースシーンでもいくつかのパートをディレクションしました。もともとは3ds Maxユーザーだったのですが、今回はBlenderを使用しているため、3ds MaxユーザーがBlenderを使った際の印象や気付きについてもお話しできればと思っています。
3人目が、エンバイロメントモデリングなどメインで担当していた、3DCGリードモデラーの阿達里紗です。これまでデジタル作画アニメーターや3Dアニメーターとしての経験を積んだ後、サイピクに一度合流し、『プリンセスコネクト! Re:Dive』の第2期からモデラーに転向しました。現在は、主に背景モデルを担当しながら、時折キャラモデルも手掛けています。『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP(以下、ROAD TO THE TOP)』や 新時代の扉でも同様に背景モデルをメインに担当しました。
現在、神谷が3D監督を務めるとともに、次のBlenderラインの担当を進めており、そのリードモデラーとして阿達も参加しています。これからもBlenderを活用し、さらに活躍してくれることを期待しています。
サイピクのご紹介
中野:
続きまして、サイピクという会社を紹介します。設立は2016年で、会社自体は作画を中心としたアニメスタジオです。これまでに手掛けた作品については、公式ホームページの「Works」セクションを見てみてください。
https://cygamespictures.co.jp/works/
設立初期に『ブレードランナー ブラックアウト2022』を制作し、それを皮切りに『プリンセスコネクト! Re:Dive』などのテレビシリーズにも挑戦しながら、現在に至るまで複数の作品を制作してきました。興味を持っていただけましたら、ぜひ他の作品もチェックしてみてください。
また、CGチームについては2019年の私の入社と同時に設立され、現在で6年目を迎えています。編集工程以外のアニメ制作に必要な全ての工程が揃っている、非常に珍しいタイプのスタジオでもあります。特に、自ら動くことができる人にとっては風通しの良い職場環境で、活躍しやすい気風があると感じています。
現在は約120人規模のスタジオとなっており、作画を手掛けるアニメスタジオであるため、その中心は作画スタッフや制作進行の方々が大きなウェイトを占めています。その一方で3Dチームも徐々に拡大しており、今後さらに人員を増やしていきたいと考えています。
Blenderを導入に至る経緯
中野:
Blenderを導入するに至った経緯には、近年のアニメ作品のクオリティがどんどん向上している中で、3Dスタッフ以外のセクションからも「3Dツールを使いたい」という要望が増えてきたことが挙げられます。こうした要望やニーズを作品に反映するため、サイピクではBlenderの導入を進めることにしました。
サイピクは全ての制作セクションを揃えているスタジオであり、それぞれのセクションで3Dを試してみたいというスタッフに対して、導入ハードルの低いBlenderを提供できることが大きな強みだと考えています。
ただし、専門性の高い作業や、複数セクション間でライセンスの共有が必要な場合については、現在でも3ds MaxやEmberGenといった他のツールを状況に応じて使い分けています。「アニメをもっと自由に作れる環境を作りたい!」というのが、Blender導入を含めたスタジオ全体の狙いです。
劇場版での取り組み
今回の制作では、工程のイエローに該当する部分をBlenderに置き換えることに成功しました。具体的には、3Dセクションが担当するモデリングやリギング、3Dアニメーションといった作業の大部分をBlenderで対応することができました。
一方で、「3D VFX」のセクションには一部緑の領域が残っています。これは、VFXやパーティクル関連の機能がBlenderでは十分に対応しきれなかったためです。そのため、これらの部分については3ds Maxを活用し、最終的にフィニッシュまで持っていくようにしました。
モデリング
続いて、モデリングの取り組みについて紹介します。画像左側がゲームのデザイン画、そして真ん中がROAD TO THE TOPで使用された『ナリタトップロード』のモデル、右側が新時代の扉で使用されたナリタトップロードのモデルです。
劇場版での大きな変更点として、『Pencil+ for Blender(以下、ペンシル)』を採用し、ラインの美しさを大幅に向上させた点があります。この技術を導入することで、キャラクターのディテールや表現のクオリティをさらに高めることができました。シェーダーやリグについては、ROAD TO THE TOPで使用したものを継続して活用し、効率的かつ高品質な制作を実現しました。
一番右にキャラクターデザインを手がけた山崎さんのデザイン画がありますが、実は劇場版の制作時に、監督にも告げずに全キャラクターのブラッシュアップを行っていました。このブラッシュアップによってキャラクター表現をさらに洗練されたものに仕上げています。もし劇場版をご覧になる機会があれば、キャラクターの微妙な変化にも注目していただけると嬉しいです。
中野:
こちらは、神谷さんがモデルを使ってテストで制作してくれた『ダンツフレーム』のアニメーションです。
実際の使用を想定した距離よりも近い距離で作っているため、若干粗が目立つ部分はありますが、これはテストとして重要な試みです。次期作品を視野に入れながら、モデルのディレクションを神谷さんにお願いしている中で、ROAD TO THE TOPからどのような進化があったのか、具体的に技術や表現の面で進歩した部分があればお伺いしたいです。
どのような改善点や新たな取り組みが行われたのでしょうか?
神谷:
「ROAD TO THE TOPからの進化として、特に大きかったのはペンシルの採用です。これによって、モデルの線の美しさが格段に向上しました。この変更に伴い、モデルの作り直しも多く発生しましたが、その結果、劇場版として求められるクオリティに到達できたのではないかと思います。もしペンシルがリリースされていなければ、劇場版のクオリティは大幅に低下していた可能性があります。リリースがギリギリの2023年の4月だったため、間に合って本当に良かったです。
また、今回の作業では、モデルの寄りのショットにも耐えられるように調整を行いました。Blenderの表現力に関しては、3ds MaxやMayaなどと比較して劣る部分は感じられず、むしろコストパフォーマンスの高さを考えると、多くの方に使ってほしいツールです。
さらに、リグの面でも調整を加えました。ROAD TO THE TOPでは、標準機能を活用したリグを使用していましたが、劇場版では3ds Maxの『Biped』の使用感をBlenderに持ち込めないかという試みを行いました。その結果、モデラーさんの尽力もあって、ほぼ遜色ない動きが可能なリグが完成しました。このリグは、現在サイピクの標準リグとして使用されています。
モーションキャプチャのデータ読み込みに関しても、Blenderは強みを発揮しており、この分野でも順調に進行しています。これらの進化が劇場版の制作を支えた大きな要素だと考えています。」
BGモデリング
BGモデルの話に移ります。こちらは美術監督の渡辺さんに描いていただいたイメージボードです。この美術ボードの再現を念頭に作業を進めました。絵的なルックが特徴で、その再現性を重視しながら制作を進めました。
こちらがレース上の完成ルックになります。テイク1としてはこのような形で、まずイメージボードに合わせて一度仕上げてみたものです。
中野:
渡辺さんからフィードバックをいただき、それをベースにモデルの調整を進めました。具体的には、拾うべき部分や、このアングルに特化した要素を取捨選択しながら、最終的な完成ルックへと仕上げていきました。阿達さんはBlenderを活用して作業を進めていましたが、実際に使用した感想はいかがでしたか?
阿達:
「実際の作業では、美術監督の渡辺さんからフィードバックをいただく際に、テクスチャの調整で対応可能か相談しました。一度、Blenderデータを直接受け渡す試みも行ったのですが、Blenderの導入が比較的簡単とはいえ、初めからスムーズに運用するのは難しい部分もありました。
そのため、渡辺さんが慣れているPhotoshop形式でデータをお渡しし、3Dデータに反映しやすい形で色調整などを加えていただきました。さきほどご紹介したフィードバックも、そうしたプロセスで作成していただいたものです。」
中野:
これは、After Effectsで素材を分けたものをPSD形式で書き出し、それを渡辺さんに渡して手描きで調整してもらったのでしょうか?それとも、調整レイヤーのような形で、反映しやすい形式で対応してもらったのでしょうか?
阿達:
「調整レイヤーで調整していただいたものもあれば、マスクを使用して「この部分はもっと暗く」と具体的に指示を入れていただいたケースもありました。」
中野:
要するに、After Effectsでしっかりと反映できる形でフィードバックをもらえる体制を整えたということですね。そのあたりは、Blenderそのものではありませんが、現場同士で密にやりとりを重ねたことで実現した連携の一例と言えるかと思います。
非常に勉強熱心な方だったので、多くの学びを得ることができたのが、美術のルック作りにおける大きな収穫だったと感じています。
中野:
イメージボードと並べてみると、このような形になっています。作業中を振り返ってみて、何か面白かった点や印象に残った部分などがあれば教えてください。
阿達:
「そうですね、実際に制作を進める中で、このイメージボードと完成ルックを比較すると、少し色味や雰囲気が異なる部分があると感じるかもしれません。これは、イメージボードを描いた後に3Dのルックを起こし、それを見ながら美術監督の渡辺さんが「もう少しこうしたい」と調整を重ねていった結果なんです。
3Dで出力したルックに基づき、美術面でさらにブラッシュアップを加え、その調整後のルックが映像全体に馴染むように仕上げていくというプロセスがとても興味深かったです。」
中野:
完成ルックを一緒に作り上げていく中で、逆にレース場の美術が3Dのルックに寄せられる形で調整される場面もありましたね。お互いの作業を尊重しながら、3Dと美術で歩み寄りができたのが印象的でした。
神谷さんは、どこかお気に入りのレース場などはありますか?
神谷:
「美術ボードとBlenderの違いをチェックしていたんですけど、本当にその差が分からなくて、純粋にすごいなと思っていました。
作業的には特に菊花賞のシーンが印象的でした。画面が真っ暗で、作業そのものが非常に大変でした。」
中野:
ROAD TO THE TOPからの変更点としては、芝のクオリティアップ、客席内の生垣のクオリティアップ、そしてルックの追込みといった部分が挙げられています。この辺りについて詳しくお聞きしてもいいでしょうか?
阿達:
「一番大きな変更点としては、美術のタッチ感の再現を意識して調整を進めた部分です。例えば、ウマ娘たちが踏んで倒れた草をよく見ると、少し斜めに倒れている部分があったりするのですが、そういったディテールをしっかりと混ぜ込むことで、全体的に柔らかくて生き生きとした印象を与えられたと思います。
こちらの画像を見ると分かると思いますが、CGっぽさがかなり薄れてきたのではないでしょうか。特に草の硬さが軽減されて、より自然で良い仕上がりになったと感じています。
客席に関しても、前作では完全にグラデーションで表現して潰していた部分がありました。しかし、今回はイメージボードの段階で「透けた印象にしたい」というリクエストをいただいていましたので、それに合わせて中身も実際に作り込んでいく形をとりました。」
中野:
実は客席内には椅子と人もしっかりと配置されています。透けた表現を採用することで、よりリアルな奥行き感や臨場感を出せたのではないかと思います。
実際、ROAD TO THE TOPと劇場版では、このようなルックの違いがあります。ROAD TO THE TOPの際には、撮影処理でクオリティを向上させていた部分が多かったのですが、劇場版では、クオリティを上げた状態で撮影チームにデータをお渡しすることができました。これが、制作チームとして大きく頑張れたポイントだったと思っています。
見比べると、客席内がROAD TO THE TOPではベタで潰されていたのに対し、劇場版では中が少し透けてディテールが見えるようになっているのが確認できると思います。
ライブステージ
中野:
ライブステージについてですが、今回は美術ボードという足がかりになるようなものが存在しなかったため、完成イメージを監督や演出、そして3Dチームで一から作り上げていきました。特に、中央のトラスなどが複雑に組まれており、美しく仕上がっていたのが印象的です。個人的には非常に気に入っています。
モデリングについては、神谷さんや阿達さんがモデリングディレクションを含めて担当してくれました。この制作過程における裏話や、Blenderを使用する上で感じたやりやすかった点などについて、彼らから話を聞いてみたいと思います。
阿達:
「ライブステージのBlenderデータを実際に見ながら説明していきます。こちらがライブのステージです。演出の打ち合わせ段階では、演出の中山さんからBlenderで作成されたブロッキングモデルをいただき、それを元に話を進めました。その中で監督や私たちとの間で、ファンサービス的な遊び要素を取り入れたいという話になり、皆でアイディアを出し合いながら進めました。最終的には、そのアイディアを盛り込みつつ、かなり自由に作業を任せていただける形で制作が進みました。
特に、ウマ娘の要素をステージに散りばめるという方向性で進めました。例えば、ゲーム内アイテムのクローバーや王冠などを観客席の端などに配置しました。これらは映像ではあまり目立たないかもしれませんが、映画を見直した際に気付く方もいるかもしれません。
実際の作業では、ビデオコンテをいただいた後でモデリングの作り込みを進めたため、どこを重点的に作り込むべきかのイメージが掴みやすく、効率的に作業を進めることができました。
具体的には、ウマ娘たちが踊っている周辺のトラス部分や奥のモニター、観客席との距離感などをブロッキング段階で確認しました。また、空に星空や天の川を描く演出アイディアを元に、パイプの柱やトラスにダービー優勝レイ風の装飾を施したり、蹄鉄やニンジンといったウマ娘要素を盛り込んだステージデザインを仕上げました。
機能的な話になりますが、Blenderの標準機能であるジオメトリノードを活用し、連続大量配置を行いました。
ジオメトリノードによって、カーブを配置し、その上に何cm間隔でオブジェクトを並べるといった作業が非常に簡単にできました。この機能を活用し、花道の横にある柵状のオブジェクトや蹄鉄型のライトを効率的に配置しました。
また、観客についての話ですが、現在の表示では誰も配置されていませんが、これは『Geo-Scatter』というアドオンを活用しているためです。
Geo-Scatterを使う際、アニメーション作業に入る段階では、観客を完全非表示の状態にしておきます。そして、アドオンの機能を利用して観客モデルを一括配置しています。このツールを使うことで、必要な場所に大量の観客を一気に配置することが可能になります。
さらに、「Reduce Density」機能を活用すると、配置密度を調整できます。例えば、何%削減するか設定できるため、作業中のデータを軽量化する際にも役立っています。
これによって観客席をなめるようなカメラワークが必要な場面でも、アニメーターが必要に応じて観客を表示させながら作業することが可能になります。
ただし、カメラを動かすだけでも処理がかなり重くなることもあるため、その状態のままでは作業をするのが難しくなってしまいます。そのため、観客の密度を削減したり非表示にするなど、負荷を軽減する工夫をしながら作業を進めてもらっています。Geo-Scatter というアドオンは、基本的にジオメトリノードを簡単に利用できるように特化したツールです。
ステージに見える虹色の部分がモニターです。このモニターについて少しお話しします。
After Effectsのプラグインである『RE:Map UV』を使用し、モニターグラフィックスを貼り込めるように素材を作成しています。このプラグインを活用することで、UVデータやカラー素材を使い、2Dで作成したグラフィックスを3Dのモニター表面に正確に貼り込むことができます。
作業フローとしては、アニメーション作業と2Dワークによるモニターグラフィックスの制作を並行して進める形をとっています。最終的には、これらの素材を撮影チームに渡し、組み合わせて完成させる流れになっています。
床全面のモニターについても同様のワークフローで作業を行っています。」
素材出し
阿達:
「ここからは素材出しについてお話しします。Blenderのコンポジターを開くと、このような画面になります。ここには、全ての素材出力に関する設定が集まっています。
この画面で、指定されたシーンから必要な素材を一括でレンダリングできるように設定しています。Blenderのコンポジターを活用することで、各素材の出力設定を効率的に管理し、レンダリングプロセスを簡素化することが可能です。
レンダリング設定をあらかじめ行い、その状態でアニメーターさんにデータをお渡しすることで、作業時の手順を大幅に短縮できるよう工夫しています。この一括レンダリングの設定により、素材出しがスムーズに進むようになっています。
具体的には、レンダーレイヤーのノードでシーンとビューレイヤーを指定して出力する設定を行っています。
Blenderでのレンダリング作業において、効率化のために特別に制作したレンダリング設定用のアドオンを使用しています。このアドオンは、解像度設定やシーン、ビューレイヤーの切り替えを簡略化するためのもので、本来は設定ごとに数秒の待ち時間が発生する操作を、一括で素早く行えるようにしています。
具体的には、解像度やフレーム範囲、レンダリングするかしないか、レンダリングに使用する設定などを、現在のシーンのまま一括で調整可能です。これにより、設定後すぐにレンダリング作業に移行でき、作業の効率が大幅に向上しました。」
中野:
最初からレンダリングの設定をモデラー側で作成していて、その設定を一元管理できるツールを制作してもらったということですね。
神谷:
「これは本当に便利ですね。1人でやる場合、1つのシーンを作るだけでも膨大な時間がかかってしまいますが、このツールのおかげで、ビューレイヤーを切り替えるたびに発生する1秒ほどのラグや、全ての解像度を手動で入力する手間がなくなりました。そのおかげで作業効率が大幅に向上したので、本当に助かりました。」
実際に素材を出力すると、このように全ての必要な素材が一括で出力される形になります。
合成すると、このような形に仕上がります。After Effects上で色調整などを加え、完成ルックに近づける作業を行っています。
以上がライブステージに関する説明となります。
アニメーション
中野:
それでは、続いてアニメーションに関する取り組みを紹介していきます。こちらは、Xに投稿したメイキング動画ですが、神谷さんはこれについてどう感じましたか?
神谷:
ハンディ揺れの話ですね。このカットでは特にハンディ揺れを中心に工夫を施したもので、コンテにも「ハンディ揺れをする」という指示が書かれており、最初から決まっていたことです。制作のきっかけとしては、競馬学校の模擬レースの映像が参考資料として渡されており、それを再現する形で進めていました。ただ、実際には制作の途中でGⅠレースにジョッキーカメラが導入されたため、その映像を参考にすることが多くなりました。
最初はAfter Effectsを使って撮影段階で揺らす方法を検討していましたが、ライブパートの演出を担当されている中山さんから「Blenderで作業するなら『Camera Shakify』というアドオンがある」と教えていただきました。実際に使ってみたところ、非常に効果的で、結果としてこの方法を採用しました。
今回のアドオンの情報共有のように、Blenderの強みには演出の方や作画の方などが同じツールを使うことで情報を共有しやすい点が挙げられます。通常はあまり目にしない視点から意見をもらえたり、特別に勉強しなくても貴重な情報が自然と入ってくるのが面白いです。
『Camera Shakify』自体は無料のアドオンなので、導入もしやすいです。デメリットを挙げるとするならば、修正が必要になった場合に、レンダリングし直して揺れを修正しなければならない手間が発生することが挙げられます。
中野:
このカットは、神谷さんがかなり深く関わっていた部分ですね。カットの内容はコンテから結構変更されていたと思いますが、どのような流れでこの形に落ち着いたのでしょうか?
神谷:
「テイク1の段階では、基本的にはコンテに準拠して出させていただきました。その中で、自分がやりたいことを少しずつ取り入れていったという感じです。監督の山本健さんのコンテにはよく「コンテは設計図なので、やりたいことがあればぜひ表現してください」という言葉が書かれていたため、その言葉に結構甘えさせてもらいました。
もちろん、ダメだった場合は思いっきり修正が入るので、「やれるものならやってみろ」みたいな挑戦的な気持ちもありました。クリエイティブな挑戦ができる環境だったので、現場はとても楽しかったです。」
中野:
次のカットを見てみましょう。この辺りはハロン棒がメインになるカットで、これまでにあまり見たことがないような構図です。制作中はどんな気持ちで作業されていたんですか?
神谷:
「作画アニメにおける3Dカットというのは、状況説明などで引きの構図が多く、裏方的な役割が大きいというイメージがあります。ただ、時折こういった「華のある」カットが回ってくるので、そういうチャンスは絶対に逃したくないという気持ちで臨みました。
この頃にはBlenderの操作にも慣れてきていたので、自由に伸び伸びとカメラワークを付けられたのがとても楽しかったです。」
中野:
ここでお聞きしたいのですが、神谷さんはBlenderに慣れるのにどのぐらいの時間がかかりましたか?
神谷:
「私はBlenderを使い始めて3ヶ月ほどでレイアウト作業については手足のように使えるようになり、3ds Maxと遜色ないスピードで作業ができるようになりました。ただ、最初の1ヶ月はやはり慣れるまで結構苦労しました。」
中野:
モデルもここまでアップになるとは想定していなかったと思うのですが、このカットが出てきたときに阿達さんはどう思いましたか?
阿達:
「こんなに寄るんだ」と思いました。元々この部分にはほとんどポリゴンが入っていなかったのでとてもカクカクしていたのですが、このカットに対応するために、サブディビジョンサーフェスを適用して調整しました。ポリゴン数を増やして滑らかに仕上げた形です。」
中野:
ライブシーンについても少し触れられればと思います。このシーンでは、3Dレイアウトやディレクション全般を神谷さんが担当し、背景モデリングはさきほど紹介した通り阿達さんが全て手掛けています。
Blenderを採用したことで特に良かった点や作業がやりやすかったと感じた部分についてはいかがでしょうか?
神谷:
「Blenderでの作業については、特に演出の中山さんがVコンテを全カット通しで作成してくださった点が非常に大きな利点でした。そのVコンテをもとに作業を進められることで、大きく助けられた部分がありました。
Vコンテ自体の完成度が非常に高く、自分はそれをアニメの絵に落とし込むような形で作業させてもらいました。ただ、Vコンテをもらうことにはメリットとデメリットの両面があります。一番大きなデメリットは、画がほぼ決まりきってしまう点です。遊びの余地が少なくなるため、どの演出さんが手掛けても結果が似通ってしまう部分があります。
中山さんの場合、絵が非常に上手なので、「これが正解なんだな」と思わせられるほどでした。本来、レイアウトを行う際には「このカットが何を意味するのか」を考えながら進めるのですが、Vコンテがあると「この絵でいいんだ」という気持ちになりがちです。
一方で、Vコンテには明確なメリットもあります。演出さんが作りたい画をしっかりコントロールできるため、絵コンテよりもより具体的で意図を正確に伝えやすいという点で、制作がスムーズに進む部分も多かったと感じています。」
中野:
阿達さんは、カットの方で何か気になったところや良かったところはありましたか?
阿達:
「そうですね、キャラクターの絵が見れるのは本当に助かります。Vコンテの段階でこれだけ具体的にいただいていたので、モデリングの作業としても「ここが映る」「ここが目立つ」「こういう画作りが求められる」などが明確に分かっていました。そのおかげで、光の当たり方やスモークのかかり具合なども、各カット単位でしっかり確認しながら作業を進めることができました。
私自身も確認を行いながら、「これ、いいですね」と言いながら進めてもらっていたので、スムーズに作業が進められたと思います。」
実際どのくらいをやってみたか
中野:
ここまでが実際のシーンに関する話でしたが、実際にどのくらいの量を作業したのかについてお話ししたいと思います。モデルやカットの作業は、以下のような割合で発生しました。
レース用のウマ娘に関しては、組み合わせや色の可変性がありますが、78という数字が示しているのは、プロデューサーが「同じウマ娘を一度も出したくない」という強い意向を持っていて、全てのパターンが異なるものになっていたためです。この結果、モデル数やメイン、背景(BG)モデルなどを含めて合計131のモデルを制作し、カット数としては392カットというボリュームになりました。
一昔前の作画アニメにおけるCGという観点で考えると、テレビシリーズ1クール分の作業量に相当するボリューム感だと思います。しかし、現在ではこの倍くらいの量が相場になっているかなという印象です。今回の作業を通して、CGメインのテレビシリーズでない限り、Blenderでも十分対応できるという手応えを感じました。
アドオンリスト
こちらが検証したアドオンのリストです。リストの中で青色にマークしているものは、特によく使うアドオンを示しています。阿達さんと神谷さんがそれぞれの立場で、「これいいですよね」と思うオススメのアドオンがあれば教えてください。
神谷:
「『Animation Layers』が本当に良かったです。というよりも、これがないと作業にならなかったくらい重要なアドオンでした。BlenderのNLA(ノンリニアアニメーション)自体を使う機会はあるのですが、カット単位での作業になると、操作が難しく感じることがありました。『Animation Layers』は、そのNLAを直感的に扱えるようにしてくれるアドオンなんです。
特に、他の3ds MaxやMayaに似たような操作感で変換してくれるため、アニメーション作業が非常に楽になりました。アニメーション作業を効率化するうえで、このアドオンはぜひオススメしたいと思います。」
阿達さんはいかがでしょうか?
阿達:
「モデリング作業の面では『Fit Lattice』が非常にオススメです。ラティス変形を行えるアドオンで、3ds MaxのFFD(Free-Form Deformation)と同じような操作感で使えるのが特徴です。このアドオンは、全体のバランスを調整したい時や、手作業で少しずつ形を歪めたい時などに、とても便利です。
さらに、複数のオブジェクトに対して一括でラティスモディファイアを適用できるという点も魅力的です。これにより、プロポーション調整が必要なモデリング作業中に大いに役立ちます。個人的にもプロポーションモデリングの場面で、かなりお世話になっているアドオンです。」
アニメーションの時も、レイアウトを決めるときに使いやすくて良かったですよね。
神谷:
「そうですね。作画さんからいただく原図には、3Dでは表現しにくいような独特のパースが含まれることが多いです。ただ、そういった場合でも『Fit Lattice』を使えば、細かい調整が可能で、ほぼ1ピクセル単位で形状を合わせられるような精度で対応できます。
そこまで正確とは言い過ぎかもしれませんが、目指したい絵にかなり近づけることができたと思っています。このアドオンを活用することで、作画のニュアンスを3Dに落とし込む作業が非常にスムーズになりました。」
中野:
上の画像の右側のジャングルポケットとタナベのモデルについてですが、こちらは作画参考用に用意したものになります。ジャングルポケットのモデルは、走っているモーションを含めた形で作画の参考資料としてお渡ししたものです。一方、タナベのモデルは、「これを回転させながら確認して作監作業を進めたい」というオーダーをいただき、急遽制作したものになります。
これらのモデルは、特別な変換を必要とせず、そのまま受け渡しができる点で、Blenderを採用していて非常に便利だと感じました。また、これによって作画クオリティの安定にも寄与できたため、採用して本当に良かったと実感しています。
この画像では、『Blender AE』というアドオンを活用しました。具体的には、アグネスタキオンとその周囲の観客部分をセル作画で仕上げ、それ以外の部分を3Dでフィニッシュするという手法を採用しています。このBlender AEを使うことで、After Effectsとの連携がワンクリックで可能になり、手数を大幅に減らすことができました。従来の3ds Maxを使用するよりも効率的に作業を進められた点が非常に便利だったと感じています。
Blenderを実際にプロジェクト運用したことで分かったこと
中野:
Blenderを実際に運用してみて得られた知見を少しまとめてみました。
まず、フリーランサーへのデータ受け渡しに関する取り決めが初期段階で曖昧だったため、最初の運用が非常に混乱した状態になってしまいました。この部分については、しっかりとした取り決めを行うことの重要性を感じました。特に、フリーランスの方が自宅で作業する場合など、「データをどこまで渡すか」「どのデータは渡さないか」といった具体的なルールを事前に決めておかないと、さまざまなトラブルの原因になりかねないと実感しました。
また、アドオンの使用に関しても課題が浮き彫りになりました。例えば、Geo-Scatterを使用する際、制作者との連絡が取れず、規約確認に数週間かかってしまうケースがありました。社内での確認作業も時間がかかり、場合によっては2週間以上も足止めを食らうことがありました。
さらに、バージョン管理の難しさも課題として挙がりました。当時はBlender 3.3.6LTSを使用していたのですが、CG部以外の方が作業して戻ってきたデータが、異なるバージョン(3.6や4.0ベータなど)で作られており、開けないケースが多発しました。こうした問題を防ぐためには、使用するバージョンの統一や、情報の周知徹底が必要だと感じましたが、それを実行する難しさも痛感しました。
まとめ
中野:
まとめですが、弊社で取り扱う規模の案件であれば、Blenderでも十分に対応可能だと感じています。また、やりたいことが明確であれば、従来のノウハウを捨ててでも新しいツールに乗り換える価値があると考えています。
現在、弊社では演出、作画、美術、撮影との将来的な連携を目標に進めています。コストカットについても、「やりたいこと」を実現するための明確な目標設定が重要だと思います。キャラクターや背景の表現力についても、他のソフトウェアと比べて遜色ないことが実証されており、さきほど神谷さんが述べたように「これで全然いける」という手応えを得ています。
一方で、運用のためのワークフロー構築や学び直しが課題となる場面もありました。3ヶ月で使えるようになったという実例はあるものの、導入初期にはそれが障壁となる可能性があります。また、データの受け渡し自体は容易ですが、コンプライアンスに関わる約束事の整備が必要で、この部分が運用上の大きな課題となりました。
とはいえ、Blenderの導入障壁は比較的低いため、スペシャルカットを制作するなど、特定の用途でのピンポイント採用には向いていると感じています。導入を進めることで、より面白い絵作りや新しい表現の可能性が広がることを期待しています。
最後にお知らせです。現在、弊社サイピクでは『ウマ娘 シンデレラグレイ』を制作中です。こちらもBlenderを活用して制作を進めています。